富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

東都3日目

fookpaktsuen2017-01-23

農暦十二月廿六日。快晴。虎ノ門で打合せ一つ済ませ昼前に日本橋。Y氏と三越の特別食堂。東京会舘のロールキャベツ。Y氏にご馳走になる。銀座に出てふと、今月の歌舞伎座播磨屋の〈沼津〉上出来と評判聞いてゐたのでさういへば上演時間は?と調べたら13:50からで20分後とは。慌てゝ歌舞伎座へ。一幕見で席もあり滑り込み。播磨屋の十兵衛、雲助の平作が歌六、娘お米は京屋。歌六の平作が好演。勘三郎17だったら、と追想。17代目の最後の平作は金比羅高麗屋が相手で播磨屋とはつひに組まず仕舞ひ、東京での最後の平作役は大成駒が30年間ぶりくらゐのお米だつたと久ヶ原T君に聞く。そのお米だが実は江戸吉原で人気の花魁瀬川。八つ橋、宮城野に比肩する花魁となれば十兵衛が残していつた印籠が「どうやら憶へのこの印籠」で夫の仇のものとわかつて……で話が進むのだが今の京屋では確かにそれが「あら、これってさっき、私が盗みそこなった印籠?」になつてしまふ。浄瑠璃は竹本葵太夫。それにしても高麗屋播磨屋に大和屋、若手では染五郎愛之助ら出演の正月歌舞伎で今日も昼夜とも3階B席除けば桟敷、一等から「お席あり〼」。正月=曽我物でもなく〈将軍江戸を去る〉や沼津、〈井伊大老〉など地味な芝居。思ひおこせば昭和63年の歌舞伎座百年の正月芝居は曽我は仁左衛門(先代84歳)の工藤に團十郎の五郎、勧進帳播磨屋の弁慶に高麗屋の冨樫で義経は大和屋初役。義経千本桜は四の切で澤瀉屋(先代)の忠信。十七代目勘三郎俊寛(旬で休演でこの年の四月に逝去)、そして成田屋助六には大和屋の揚巻、羽左の意休、京屋の満江とまぁ豪華。昼の部の芝居跳ねて都営線本所吾妻橋。家人と待ちあはせ2013年の晩秋に急逝のS従兄の墓参。昨年末に納骨となつたお寺の施設は天空苑といふ名で訪れてみるとなるほどスカイツリーを間近に拝み天空と合点。都営線乗り継ぎ白金台。東大の研究所の闇間抜け白金ダウンタウンの土屋鞄製作所。家人がハンドバッグ欲しくてお付き合ひだがだいたいの場合はアタシが何か見つけて大人買ひが多い。今回は家人も珍しく一目惚れでカバン入手するがアタシは土屋といへば大人のランドセルで現品を手にして背負つてみて「なるほど素晴らしい」と納得。次の発売予約開始は2月の由。白金の下町の乱歩か怪人二十面相のやうな路地を抜けて三の橋の意太利料理のRozzo Siciliaへ。建築家Kさんに誘はれ建築事務所を一緒に構へるNさんにご一緒して建築雑誌編集のNさんお勧めがこの食肆。ワインのプレゼンから料理の気のきゝかたまでお見事。ワイン4本開けグラッパまで、あれこれまぁよく飲みよく食べ款語尽きず深更に至る。今日収穫の知識は建築家Nさん携帯のBoseノイズキャンセリングのヘッドフォンでアタシはフライトの機内くらゐでしか使はないが三の橋での食事会に来られるときに外の寒さで耳当てにこれは確かに重宝。夏など蒸れて汗をかくくらゐの密封性。これで冬に活躍すれば高価なヘッドフォンもコスパがかなりよくなる。だが家人曰く「うちでは蘋果と坊主は禁句」と。確かに、それでどれだけ散財したことか。