富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

fookpaktsuen2015-11-15

農暦十月初四。日曜だが官邸で所用あり書類整理。早晩に帰宅してドライマティーニ。こればかりはやはり本格的バーに比べると圧倒的に劣る。お好み焼き。ウヰスキー飲みすぎで晩八時半に寝入る。
▼周末の新聞はパリ同時多発無差別テロの記事ばかり。かういふ時の新聞は何を読んでも同じやうな記事と論調ばかり。せめてデータだけは自分の無知を知るには役立つ。フランス国内に移民は530万人と2世650万人が住み人口の19%占め(2008年)人口の1割がイスラム系でフランスの厳格な同化主義は徹底せず。今年10月には土耳古の首都アンカラも「イスラム国」によるテロがあり100人が死亡してゐるが土耳古のそれは今回のパリほど私らの同情をかはない。今日の新聞で毎日新聞小倉孝保・外信部長による「過激主義に屈するな」(こちら)は出色、一読に値する。

  • 100年前の第一次世界大戦の動乱で私たちは欧州のことばかり知つてゐるが中東は西欧がオスマントルコ帝国破り「西欧がイスラムの優位を確立した戦ひ」であること。イスラム世界は「カリフ」による指導体制崩壊
  • パリ同時多発テロはこの1世紀にわたるイスラム教徒の屈辱感に民主化要求運動「アラブの春」以降の中東情勢の変化などが影響して起きた大悲劇。
  • 欧米人の多くは民主主義や基本的人権の尊重といつた価値の普遍性を信じ、欧米以外の地域も近代化すると欧米同様、世俗的で平和な社会に「進化」すると考えた。しかし過激なイスラム主義者には西洋のさうした姿勢が「価値の押しつけ」に映り西洋=独善的な敵と考へた。その最大のターゲットとなったのが西洋文明の体現者を自負するフランス。

そのフランスにとつて1990年代は92年のアルジェリア軍事クーデタ発生でフランス政府もイスラム主義者の敵となり94年のエールフランス機ハイジャック、95年のパリ地下鉄を爆破と続くフランスでのイスラムテロ。かうした1世紀にわたる「イスラム教徒の屈辱感」がある。テロに毅然と立ち向かふにしてもイスラムの歴史への理解を深めないといけない、と。

第一次世界大戦で英仏主体の連合国がオスマン帝国の首都コンスタンチノープルを陥落させたのが1918年11月13日。97年後のその日、パリで同時多発テロは起きた。キリスト文明とイスラム文明の争いの場となってきたトルコでは15日から、主要20カ国・地域首脳会議が開かれ、日本や欧米だけでなくサウジアラビアインドネシアなどイスラム諸国指導者も参加する。国際社会はこの場を通じ、直面する問題が、「西洋」対「イスラム」にあるのではなく、過激主義に対する文明をかけた戦いであることを確認すべきだ。

と。たゞ「文明をかけた戦い」はいけないやうに思ふ。相手も立派な文明なのだ。文明戦争なんて泥沼化は必至。こゝは放置プレイに徹するべき。だがなぜそれでも「イスラム国」を叩くか、といふと「戦争をしたいビジネスの人たち」がゐるからで、少なくても我々はそれに加担する必要は何もない。
文藝春秋十二月号読む。この雑誌の節操の無さは菊池寛以来で一時は晋三のアベノミクスに懐疑的な姿勢も見せてゐたが、この号では晋三の「一億総活躍わが真意」なんてのを巻頭に載せた上で新アベノミクスのヨイショである。それでゐて後ろの方では「首相を振りつける剛腕秘書官研究」と題して晋三の政務秘書官・今井某がいかに安倍内閣の実のプランナーか=実は今井内閣=晋三の力の無さも記事にする。これが文春のバランスなのか。その後者の記事で、この経産省出の官僚は

  • 今後のアベノミクスは、安法から国民の目をそらすことが大事なんです、心地よく受け止められるより、悪い評判のほうが印象に残りやすいでの、そのほうがいい。

とまで嘯くといふのだから。
蘋果日報の日曜の復刊に載る長文の随筆は面白いものが少なくない。今日の馮睎乾「怎樣用文言文講粗口?」(こちら)も、その一つ。最近、言葉の表現があまりにも直接で間接的な表現などなか/\見向きされないが例へば「性器」や「性交」にしても古代中国では白話小説で一番用ゐられる表現の一つが「鳥」で、これは用具の暗喩。古典の『金瓶梅』読めば「有麼了事」は「了」が「鳥」的假借で、武松が「怕什麼鳥」と問へば王婆曰く「含鳥小猴猻」と会話が艶っぽい。かういふ言葉に遊びがあるのが教養と文化といふこと。
▼SEALDsはけして安保法制反対だけの団体ではなく、主催者も最初は特定機密保護法で「あれ?」と思つたのが発端だといふし「自由と民主主義のための学生緊急行動」として辺野古反対といふ選択も、わからないわけではない。だが「来年の春には解散」とさらりとしてゐたあたりが運動としての良さで、かうして運動の領域を広げてゆくと何だか心配。