富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2006-02-04

農暦正月初七日。立春。来週日曜日のStandard Chartered香港マラソンのゼッケンや出演記念品受け取りの用あり午前中に今年は銅鑼湾のヴィクトリア公園の会場に赴く。Standard Chartered銀行は余の取引銀行だが何もマラソンに出場するのに恩恵もなし。せめてお得意様は5km先からスタートできるとか欲しいところ。ドバイ、ムンバイ、シンガポールと香港の4ヶ所でこのマラソン主催だそうな。で、このマラソンも今年で10回目。これまでの大会の紹介など掲示あり眺めれば第1回は1997年で香港の中国返還の前で盛り上がっていた頃。出発が新界は上水の北区運動場で、なんと深?との境界を皇崗で越えてゴールが深?体育館だったそうな。当時の一千人余の参加者だからできた話だろう。で98年の第2回は新空港開港前でランタオ島への青馬大橋の渡り初め、で空港の滑走路など走る面白さ。この大会の開催は新聞だかで読んだが当時の我は「へぇ……」という関心程度。で99年が余の初めての参加で(10km)西環の運動場からいきなり西隧の海底トンネル潜りゴールはSham Shui Poの運動場。フルと10kmだけで参加者は6,954人だったという。2000年はハーフが設けられ尖沙咀からSham Shui Po、で01年から尖沙咀から青馬大橋に至り西隧を抜け湾仔というコースが固定される。参加者数は鰻登りで昨年が10km、ハーフとフルの合計で31,330名参加。今年はフルだけで5千名で計39,817名と言う。これだけの人数で10kmの先発のスタートは早朝となるが昨年など地下鉄の始発でも間に合わぬ6時だったか。今年は先発のスタートが5時45分に早まり、だがMTRもKCRもMarathon Expressなる列車を朝4時半頃から特別運行。こういう手配は香港はじつに上手い。銅鑼湾に出てTimes Squareの東京スポーツにて美津濃のランニングシューズは「韋駄天」という名前で買ったようなものだが。それにもう一足はMarathon SportsでReebokのスニーカー。いずれもランニングの大会の参加者割引特典あり。地下鉄で中環。ジムに荷物置いて着替えランニングのためBowen Roadに向かう。通り抜けようとした香港動植物公園は野鳥園の敷地が広い。鳥小屋付近は時節柄立ち入り禁止。ピークトラムに沿ってBowen Rdに上がり走り始め。実に4年ぶりか。かつてミッドレベルに住まいし頃、98年に肥満と成人病予防と突然走り始め此処がメインコース。走り慣れた懐かしさもあり自分なりに快調に往復8kmを走るが、やはりここは片道4kmというのは怪しい。もっと短く感じる。このBowen Rdは平坦であり歩行者専用の区間が長くランニングや散歩の人多いが、大潭ダムの説明書で昔は大潭のダムの水をセントラルに送る引水路がこのBowen Rdだと知り納得。そう言われてみると今の金鐘はPacific Placeの裏手となるがKennedy Rdの一番奥深いところに香港電力の大きな変電所があるが、いぜん何故こんな場所に?と思っていたが、これもBowen Rdから水を落とせば水力発電もいくらかは可能だったのでは?と思う。当時は発電所で、それが後に香港仔の鴨利州の発電所(現在は南Y島)からの送電の変電所になった、とか。走り終えBowen RdからKennedy Rdまで石畳の階段道を下る。聖ポール小学校の白亜の見事な洋館は1920年代に建造された旧香港日本人尋常小学校。内装も含め当時の建物がほぼ原型を留める。ジムに戻りシャワー浴びてFCCのバー。新聞や雑誌少し読みながらハイボール二杯、Bowmoreも一杯。三聯書店にて余均灼先生の『現代日語語法詳解』、旧知の井一二三さんの『東京上流』、陳國成・編『粉嶺』の三冊を購入。『現代日語語法詳解』は香港のみならず漢字圏で出ている日本語文法書の中では「わかりやすさ」では定評あり。日本人でも説明の中文が読めれば日ごろの用法に「なるほど」と納得する処も多い。陳國成の『粉嶺』は新界の粉嶺の歴史書で「なぜ上水でも沙田でもなく粉嶺?」が素直な疑問だが香港史を語る上で香港開闢以前から粉嶺こそ重要。此処に江西省吉水県を出自とする?氏が住み着いたのは明朝の朝嘉年間(16世紀初)のことだそうで?氏はその後、屏山に?氏宋祠があるように元朗のほうに移ってゆき(畏友William?達智君はここの直系の嫡男)、粉嶺は潮州から移住の彭氏により開かれる(現在も粉嶺圍など城壁村が残る)。帰宅の途中、新井一二三さんの『東京上流』を読む。中文で書かれた東京物の随筆で、一瞬、てっきり六本木ヒルズに象徴される東京の今どきの「上流」社会の紹介?と思ったが、新井さんがそんなところに関心あるとも思えず、話は樋口一葉に始まり芥川、大宰と進むように新井さんの故郷である東京の時間の流れの「上流」を探る、という内容。新井さんは中文での得意な随筆などの発表は今は台湾を主にしていることを著者紹介で知る。台湾など中華圏の読者に向けた東京の文学散歩。読み進めば「大宰治の三鷹」という文章のその章末にある「三鷹散歩」という文章が小気味よい。新井さん自身が確か中野だかの生まれ育ち。帰宅してお好み焼き。サントリーホワイトをロックで飲む。
▼そういえば昨晩、晩飯をとりながらNHKで「釣瓶の家族に乾杯」ぼんやりと眺めれば富山県氷見市で87歳の老人がまだ元気な証拠、と気になった新聞などは切り抜いているんです、と見せた新聞記事に「出来高37億株」とあり老いても欲深い、と思われたが「いや、そっちじゃない」と記事を裏返すと昨年夏の後藤田正晴氏逝去の記事。この老人も若い頃に南洋戦に多くの兵が命おとすなかで九死に一生を得て生き長らえてきたそうで同じ世代の後藤田氏はこの老人にとっても謂わば戦友の戦後の活躍、その後藤田氏が先に亡くなったことはこの人にとってどれだけの悲しみであったのか。
靖国問題などで論議がどうも「パシッ」とせぬと思いきや「都知事の不在」あり。それが本日の朝日に昨日の都知事記者会見で都知事曰く「靖国天皇がお参りになればこれは政治の問題ではない、文化の問題だと内外に示され、ぐちゃぐちゃ言ってるやつも口を閉じるだろう」と。靖国神社参拝が何処か文化の問題か。靖国御霊信仰の一形態であろうが祖先崇拝やアニミズムと異なる。国家としての日本の戦争のなかで官軍として戦い亡くなったものだけを祀る政治装置。其処への参拝は政治的。政治的文化とならまだ言えるかも。それにしても「ぐちゃぐちゃ言ってるやつも口を閉じるだろう」と、まぁ品のない、これが都知事だと思うと呆れるが「江戸のべらんめぇ口調」の文化なのだろうか(笑)。で麻生発言については「おれの方がやや理路整然としている」と威張ってみせるが「やや」が良い。麻生発言が全然理路騒然としていないぐちゃぐちゃ、なのだから、それより「やや」と言うのは自分の理屈もあまり理路整然としておらぬことの自負か。実際に「日本人の精神性とのかかわりから天皇の存在の意味合いを考える必要がある。その限りでも女でも男でも結構だが、災害の時に災害服を着て出回っていらっしゃるより、宮中の拝殿で国のために祈っていただきたい」と述べ靖国参拝も「その一つの普遍の行動」だそうな。読めばやっぱりぐちゃぐちゃ(笑)。まず、これは石原に限ったことぢゃないが「日本人の精神性とのかかわりから」と天皇制を述べるが天皇が「日本人の精神性」に関わるように据え直されて僅か百数十年の話。もともと天皇と「日本人の精神性」など全く関係なし。明治の始めころなど天皇行幸より本願寺法主様の来臨のほうが西国では霊験灼かと拝まれていたのだから。「女でも男でも結構だが」で相変わらずの口調に続き「災害の時に災害服を着て出回って」ときたから「女にはそんなことができない」と一蹴かと思えば「そういう時に女が出でくるんじゃない」ということで(もんぺ姿の皇后の姿が終戦直後にどれだけ国民を皇室への親しみに向けたか、をお忘れか)、だがこの石原発言の最も稚拙なる点は災害時に出回るよりむしろ「宮中の拝殿で国のために祈っていただきたい」と述べたこと(災害の時には石原都知事が出回るより天皇皇后両陛下が災害地をお見舞いになったほうがずっと効用があるのだが……)。宮中祭祀で女性の拝殿のこと考えれば、そう簡単に「宮中の拝殿で国のために祈っていただきたい」で済む話ではない。天皇靖国参拝も、その「宮中の拝殿で国のために祈って」と同じことらしいが宮中祭祀なら立派な文化で中国も韓国も反発などないが靖国への参拝だから問題になるわけで、この違いの大きさがわからぬのだろうか。それにしても「女でも男でも」だの災害時には出回らず「宮中の拝殿で国のために祈って」だの不敬な発言。これになぜ真の右翼が反発せぬのだろうか。都庁前で「不敬石原は都知事を辞任せよ!」とやる右翼はいないのだろうか。いるのかな。
▼朝日の一面に「中国での臓器移植、日本人急増」で「提供、死刑囚も多く」の記事。技術や衛生はかなり向上しているが移植臓器の95%は死体からで、その殆どが死刑囚。而も本人や遺族の同意ない場合も多いそうな。死刑囚といっても悪人ばかりなく政治活動や宗教心で亡くなる良心の死刑囚もいるはずで一概に、死刑囚の臓器は悪いイメージでとらえる必要もない、か。本人や遺族の同意がない臓器摘出も共産主義国家の場合、臓器も私有財産じゃない、とか。

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